憶えている限り、わたしは生きてゆける。





 思い出 





夕方と夜の間の時間に、あの人はわたしを呼びに来た。
空が、焼け付くような赤から濃紺に染まる時間に。

「逢魔が時、やのに」

着物の袖から覗く、男にしては白い指を見ながら呟く。
白いけど、大きくて節の在る、男の人の手。
空とよく似た濃紺の着物は、色の白い彼によく映えたけれど、
わたしは彼が薄闇にとけてしまいそうに思えて、白い指ばかりを見ていた。

「おまえは、相変わらず怖がりなんだな」

笑いの滲んだ声でそう言いながら、彼は近くの神社の鳥居をくぐった。
朱色の大きな鳥居は薄ぼんやりと浮かぶようで、わたしはもっと不安になる。
でも、その不安よりも恋情の方が大きくて、わたしは彼の背中を追って鳥居をくぐった。

「懐かしい」

そう言って、賽銭箱の前で彼が笑う。
お参りを済ますと、すい、と彼がわたしの手を掴んだ。
白い白いと思っていたけれど、それよりもわたしの方が幾分か白くて、
こんなところで男女の差を見つけたわたしは、なんだか哀しくなった。
それでも、白くて大きな手がわたしの手を包み込むのはとても好きだったので、
そのまま手を繋いで神社の後ろへと回った。
ここは、わたしたちの隠れ家だった。

「ここ来るんは、いつぶりやろ」

ぽつりと呟けば、「はて、一緒に来たのは5年ぶりくらいか?」と返ってくる。
その声も、前一緒に来た時とはずいぶん変わっていて、
ああ、年を取るとはこういうことなのだな、とぼんやりと思った。
わたしは今年で17になった。
彼も同じ。
だとしたら、前に来たのは12の時か。

「久しぶりだな」
「ほんまに。うちら、変わってもうたな」

笑いながら言うと、彼の顔がくしゃりと笑みの形に歪んだ。

「笑い顔は変わらへんのやね」
「…おまえは、変わったよ」

綺麗になった。
まっすぐにこちらを見ながら言うものだから、わたしは恥かしくて目を伏せた。
ちらりと視界の端に、捕まれたままの手が映る。
そういえば、手を繋いだままだった。

「俺、お前が好きだ」

前よりもずっとずっと低くなった声が、前と同じ言葉を紡ぐ。

「うちも、好きよ」

わたしも、同じ言葉を。
するすると指を絡めた。
ずっと繋いでいたせいか、同じ体温。
ふと、二人とも暗闇の中にとけてしまえばいいと思った。
跡形もなく、ここで。
そろそろと甘やかすように口を吸われて、そのかいなに抱きしめられて。
絡めた指はいつの間にかほどけて、求め合うようにまた絡まりあう。

「好き」

彼の名前とその言葉だけ繰り返して、わたしの名前とその言葉だけ繰り返される。
闇の中で、お互いの熱とその言葉だけが確かだった。





乱れた髪を整えながら、朝焼けに染まる空を見ていた。
赤い太陽が昇る。
隣で眠る彼を見て、そっと睦言を囁く。
この言葉を言うのは、きっと、これで最後。

「好きや」

今日、わたしは遊郭に売られてゆくのだから。
この甘やかな記憶を抱いて、わたしはゆくのだから。





闇の中であなたと見た、密やかで甘い、夢のような、おもいで。




















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遊郭関連の話大好きです。
江戸時代って素敵。
うそっぱち京弁ですいません。

2004/12/23/





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