欲して、欲して、それでも。
「 砂漠の芽 」
瞳を閉じるように、心も閉じてしまえたらいいのに。
そう思ったわたしはきっと悪くない。
どうしてこの男の手は、こんなに優しくわたしに触れるのだろう。
大きな爪も、乾いた指先も、何もかもが穏やかにわたしに触れて、その熱を伝える。
滑り落ちた涙の後を辿るように指が伝い、そのまま薄く開いたままの唇へ。
撫でるように頬に添えられた手。
額と額とくっつけて、どこまでも深い黒がわたしを覗き込む。長い睫。
揺れる瞳がわたしだけを映しているのを見て、歓喜に震えた。
きっとこの男は、わたしが泣いている理由など、真に理解することは出来ないだろう。
感情の上辺はなぞれても、わたしの心の揺れと絶望を同じように感じることなど。
この男にとってわたしがこんなに欲していることは、理解の範疇外なのだ。
塩辛いのは、きっとわたしの涙だ。
この男は誰にでも優しい。
博愛主義といえば聞こえは良いかもしれないが、ただ残酷なだけなのだ。
わたしにとっては、なおさら。
誰に対しても同じ感情しか与えようとしないし、求めようとしない。
「深く関わらないようにしてるんだ」
何時だったか、この男の口から直接聞いたことがある。
誰も傷つけないように、誰からも傷つけられないように。
一定の距離から人を入れようとしない。入ることもしない。
友人としてならベストな人間だろう。
ただし、親友にするには向いていない。そして恋人にするにも、だ。
わかっていた。友人として付き合う時間の中で。
言われたこともある。それも、一度や二度ではなく。
それでも、落ちてしまった。
欲しいと思ってしまった。この男のすべてを。
でも、与えられなかった。
欲しても欲しても、与えられなかった。
泣きたいくらい欲して、子どものように手を伸ばしても、それでも。
それでもわたしは欲した。求めた。飢えた。この男に。
恋人という立場に立っても、わたしはこの男のすべてを手に入れることは出来なかった。
友人であった時よりも飢えは酷くなった。
更に欲して、欲して、それでも与えられなかった。
逆にこの男に奪われていくようだった。わたしのすべてが。
それが嫌ではなかった。
「終わってる」
自嘲した。
それでも。
与える分の愛と、与えられる愛とが、同じ大きさではなくても。
飢えは満たされずとも。
泣きたいなんて欠片も思っていないのに、次々と涙は溢れて零れた。
目が熱い。喉の奥が痛い。触れた額が。頬を滑る手が。
「どうして優しくするの」
嗚咽が洩れた。みっともない。
「与える気もないくせに」
欲して、欲して、それでも与えられることはなく。
わたしは揺れた。
いつかわたしはこの男に飢えて、死ぬのではないかと思えた。怖かった。
それでも。
謝罪のように触れる唇に、泣きながら瞳を閉じた。
残酷。優しい。温かい。温かい。
欲して、欲して、それでも与えられることはなく。
この男への飢えが未来永劫、満たされず。
わたしのすべてが、奪われたとしても。
わたしのなかに、残るもの。
悔しいけれど、おそらくそれもまた。
この男、なのだろう。
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ノーコメント。ごめんなさい…。
2005.11.30.
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